東京都と隣接する名栗村(現在は飯能市)。都会に近いほどほどの田舎に住む家具職人が見て、感じた生活、仕事ぶりを伝えます。

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下名栗諏訪神社 獅子舞


 <手前のササラスリが娘。奥の階段最上段で笛を吹く白髪の短髪が私です=8月24日、飯能市下名栗>

 下名栗諏訪神社の獅子舞の奉納が8月25日に行われました。

 娘はササラスリで私は囃方(はやしかた=笛)で参加させていただきました。親子ともども、200年近くの歴史のある獅子舞に演者の末席に加わらせていただいたことは大きな喜びです。

 お祭りはやっぱり、観るだけよりも加わるほうが面白い。私の笛の出来は大したことはないですが、いろいろ大変なことがあっても汗を流すほうが充実感というか達成感がありますね。

 このお祭りは、神社の氏子が集まって奉納(獅子舞の継承・指導は、獅子舞保存会)するのですが、各世代がそれぞれの役割を果たすなど、地域がいまもお祭りでまとまって機能していることがはじめて分かりました。

 小学生や中学生の女の子はササラスリ、男の子は6年生から笛を吹きはじめ、高校生くらいになると頼もしくなり、部隊の中心メンバーです。 大学生になれば、男は獅子舞を演じるようになるし、若い女性も笛でリーダー的な役割を果たすようになります。

 年配の方々は役員として、祭り全体の運営や食事や準備、後片付けなど裏方的な仕事を引き受けてくださっているようです。子ども達の母親は、こどもたちの着付けやいろんな世話を焼きます。

 就職して名栗地域を出ても、10数年の時を経て獅子舞に戻ってくる人もいます。獅子舞は、下名栗地域に住む人なら全員参加可能です。回覧板で「笛に参加しませんか?」との呼びかけもあります。


 奇しくも朝日新聞埼玉版(8月25日付)には、新座市の指定無形文化財「中野獅子舞」が後継者育成に専念するために当面休止するとの記事が出ていましたが、名栗地域ももちろん少子・高齢化が進んでおり、こうした伝統芸能を継承していく環境は厳しい。
 けれど、熱意のある保存会会員が多く、山村地域での住民のつながりは強いのでずっと継承していきたいですね。

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<父と娘のツーショット。いつまでいっしょに写ってくれるのやら>

夏休み (2) 宇宙公園



 大阪の実家に帰ると子供たちが楽しみにしている公園があります。

 実家から歩いて10分ほどのところにある“宇宙公園”です。我家の子供たちが命名したもので、本名はわかりませんが、いつもここで遊ばないと、大阪に帰ってきた気にならないらしい。

 小学生の娘、息子は、このコンクリートの遊具を宇宙船に見立てて遊びます。あるときは、宇宙を旅していたり、あるときは、どこかの星に降り立って探索をしたり。いろいろ、頭の中でイメージを膨らませます。

 今回は、一番チビスケのアオちゃんも親の手を借りずに一人で姉兄に加わって遊べるようになりました。アオちゃんは、仮面ライダーになり、小学2年生の息子は、ナントカ・レンジャーになりきりました。

 父は単独で、悪役になり2人と対峙したり、あるときはアオちゃんと肩車で合体して、悪の征服者となったり、子供たちと対決してきました。

 地デジの写らない我家では、戦隊ものも仮面ライダーもほとんどテレビでは観れませんが、子ども達は大乗りです。

 テレビゲームの嫌いな私には、子供たちが頭の中で想像し、身体を使ってする遊びが一番健康的なように思えるのですが…。

夏休み (1) 原爆ドーム

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 <原爆ドーム前で。アオちゃんはアンパンのマントをつけて、父の肩にのって見学です>


 夏休みをお盆にいただきました。

 わが母が、「海水浴に広島の大久野島はどう?」と誘ってくれたので、ちょっと脚を伸ばしてみました。帰省時も海水浴に行くときも、道路は混んでいましたが、非日常の世界を存分に味わうことができました。

 小学生4年生の娘が、「せっかく広島にいくのだったら、原爆ドームがみたい」というので、旅程を1日伸ばし広島市内まで原爆ドームと平和記念資料館を見学してきました。

 原水爆禁止世界大会に大学生時代に参加し、卒業してからも同大会の裏方でお手伝いをしたこともある私にとっては久しぶりのヒロシマです。原爆ドームは何回か見学していますが、やっぱり、実物の前に立つと荘厳な感じを受けます。あの時もここにあり、そして時を経ていまもここにあるということが、何よりも大きな歴史的な証言に感じます。 

 娘は、夏休みの自由研究に「ヒロシマの原爆」に関して、新聞の切抜きを集めたりなにか書くつもりで準備していました。でも、平和記念資料館の展示を見て、自由研究を続ける意欲を失いました。本人、いわく「気持ち悪くなった」そうです。

 いわゆる被爆の実相を伝える生々しい写真展示などをみて、ショックを受けたのでしょう。理解できます。小学生4年生には、事実として重かったのかもしれません。でも、原爆ドームをみ、平和記念館の展示を見学させたことは、親としては全く後悔していません。いまは、頭の中で整理して納得して理解することはできなくても、これからの生活のなかで少しづつ分かってきてくれると思います。

 いま、どこかの教育委員会が『はだしのゲン』を若い世代が閲覧することを禁じようとしています。おかしいと思います。うちの娘のように興味をもったらどんどん探求してほしい。そして、いまは解らなくとも、いろんな場面で仲間と話し合ったり、自分で思考したりして深めていけばいいと思います。

 

 

獅子舞 笛



 名栗の獅子舞に笛で参加することにしました。

 下名栗諏訪神社の獅子舞は、埼玉県に200ほどあるもある三匹獅子舞の中でも数少ない無形民俗文化財に指定されている伝統ある獅子舞です。約200年前に東京都青梅市成木から伝授されたもの。現在でも保存会が頑張っていて、若い世代に伝えられています。

 娘(小学校4年生)も2年ほど前からササラッコとして参加しています。女の子は小学2年生からササラッコで、そして、男の子は小学6年生からは笛として参加できます。笛は、最近では小学6年生以上の男女も参加できるようになりました。

 
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 <2011年の獅子舞 娘がササラを演じています>

 きっかけは、知り合いの方から「笛やってみない」と誘われたのですが、小学生の頃から楽器は苦手のほうなのでしり込みをしていましたが、子どもたちともいっしょにできるので挑戦してみることにしました。ちなみに、昭和天皇の崩御の日から歌舞音曲は自粛してきました(ウソッ)。

 5月26日には第1回の練習がありました。新参の小学6年生二人といっしょに手ほどきを受けました。この笛、篠笛というのですが、まず、音を出すのが一苦労。最初は吹いても音が出ません!!。そして、楽譜は、「ニイイタカヤマノボレ」のような暗号のようです(ナンノコッチャ)。

 6月、7月は月に1回。8月24,25日の本番前は、週に何日か練習を重ねます。とりあえず、次回の練習までには音が出るくらいまで自宅で稽古しなければなりません。
 カミさんもやりたいといっているので、そのうち、家族全員で参加ということになるかも。

ファミリー 登山


ゴールデンウィーク(GW)に友人家族と山登りをしました。秩父の破風山(はっぷさん・皆野町・626㍍)。GWということで、下ってから温泉につかり、ついでにご飯も食べて帰るという計画です。

 一緒に登ったのは、我家のほかに子育て仲間の3家族。みんな都内在住で名栗の我家に何度か遊びに来てくれています。当日は、GW中では一番天気がよく、日差しが強く雨の心配も一切なし。満願の湯あたりから登り始めました。

 アオちゃん(3歳0カ月)も張り切ってお父さんのマネをして頭にハチマキ。杖を持って登ります。2~4月は花粉症に悩まされ久しぶりの登山で、少々、身体にはきつかったのですが新緑に包まれ気持ちよく登れました。
 頂上近くになり尾根道が続き、まだかまだかとピークめざして急ぎ足に。頂上からの眺めはよく、足元には皆野の町、遠くには武甲山がよく見えました。

 山中ではあまり見かけなかったのですが、家族登山はいいですね。中学2年生の男の子からアオちゃんまで男の子4人、女の子4人の子どもたち。途中、手をつないでくれたりおんぶしたり、甘え上手なアオちゃんの面倒をよくみてくれました。

 こどもたちのふるまい、ほかの子供たちとのかかわりなど家族だけでは見えないこどもたちの面もみえました。もちろん、こどもたちも、親たち同士のなにげない会話を聞いたり、親たちのふるまいなどを見て何かを感じたでしょう。

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 とっても楽しかったので、また、計画したいですね。

はな祭り



 5月の連休中の3日、はな祭りが行われました。うちの長男(小2)もきれいに着飾ってお稚児(ちご)さんを務めました。

名栗では各地区にお寺があって、持ち回りでホストになります。そして、その檀家さんのうち一軒が食事や着替えなどの世話をしてくれます。

 はな祭りは、お釈迦様の誕生をお祝いするお祭りです。子供たちは、普段着慣れない服を着て、そして、(我家では特に)聞きなれないお経を聞くことになります。おそらく、苦痛だったはず。でも、東京からおじいちゃんが来てくれたり、家族が見守るなか暖かい雰囲気で過ごせました。

 子どもの数が少なくなってきたので、お稚児さんをスカウトするのも大変なようです。この数年からは、従来は女子だけだったのが、男子もお稚児さんを務めるようになりました。

 名栗では、神社での獅子舞の伝承も盛んで、昔ながらの宗教的な行事がいまも生き続けています。このような行事は昔は生活と密接に結びついていたんでしょうね。

 時代は変わって、かつての主産業の林業が廃れて山村の生活も変わりましたが、コミュニティの絆(きずな)を保ち続けるのに大事な行事だと思って、我家は積極的に参加しています。




 

春のはな


<浅海戸の景色  いろんな花が咲いています>

 私が代表を務める(といっても一人でやってます)木工房春のはなの名前の由来は、子ども達の名前から頂いたものです。とくに、深い意味はなかったのですが、春のはなが咲き乱れるこの季節を迎えるといい名前だなと自画自賛しています。

 いま、名栗の里は、モモやさくらなど百花繚乱です。飯能から名栗までを車や自転車で来ると、気持ちのいい季節になりました。

 ことしの桜は、ゆっくり楽しむチャンスはなかったけれど、4月、5月いろいろな花を楽しみたいですね。いわゆる公園などの花見で見る桜は、だいたいがソメイヨシノだそうで、自然に生えてる山桜や八重桜も散歩でもしながら味わいたい。

 うちの子供たちの名前は、長女がはな、長男が春、そして3人目の一番やんちゃ小僧が青葉です。こどもたちの季節になりました。

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 7日に飯能市のさくら祭りを楽しんだ後、隣でやっていた植木祭りでモモとキンカンを買って、裏庭に植えました。裏庭は、まだまだ壁土とか原木を挽いた物の桟積みがあって整備されていませんが、すこしづつでもすすめたいところです。
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我家の年賀状



 早いもので、あっという間に1月が終わって、2月も3日目です。

 みなさまお変わりありませんか?

 年始の挨拶もできずにすみません。いまのところ仕事が忙しく、毎日バタバタ生活しています。家具屋は相対的には1月から3月末までがとても忙しい職業です。

 さて、今年の我家の年賀状は昨年に続いて、『家族新聞』スタイルでお届けしました。

 この新聞スタイルの年賀状(A4裏表)、おもに制作したカミさんの感想では、制作に手間と時間がかかり、その上、印刷だの封筒だのでお金もかかるので大変だといいます。

 でも、このスタイルのよいところは、情報量が豊富な点です。ハガキ一枚では、子供たちの写真を載せて“今年もよろしく”程度の文面ですが、新聞スタイルだと、長男が小学校に入学して学校がアットホームだとか、夏には海に出かけてアオちゃんがふぐをつかまえたとか、昨年一年の出来事を細かく伝えられ、そして、今年の決意も十分に展開できます。

 そして、何より読んでもらった人からの反応や感想も伝えられ、「西尾さんちはこんなことしてたのね」とか「うちもこうだったのよ」など話が弾むことがいいですね。

 ちなみに、私の決意は、「健康づくりを兼ねて月に一度は山登りをする」でした。1月には、寄居の鐘つき堂山に登って来ました。

 年賀状には載せなかった、もう一つの決意は子供たちとおおいに遊ぶことです。いっしょに本を読んだり、外でからだを動かしたり、虫取りをしたり一緒の時間を過ごしたいですね。



武甲山 おやこ登山

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とても天気のよかった11月4日、秩父にある武甲山に登ってきました。

 朝7時半に家を出て、生川の一の鳥居の駐車場に車を停め午前8時半ごろから登りはじめました。アオちゃんもアンパンマンのズック靴をはいて元気にのぼり始めました。頂上まで52丁あるのですが、登りは1から10丁まで、下りは12丁から下まで歩きました。途中、父の背中でお昼寝もしたけど、2歳6ヶ月にしては頑張りました。

 下りは、ひと気の少ないコースだったのですが、熊よけの鈴を忘れて、一家5人で大きな声で歌を歌いながら下山。小学生の姉、兄が「森の熊さん」「アンパンマン」などの歌い、アオちゃんも「オニーのパンツはいいパンツ。ツヨイゾー」と口ずさみました。武甲山のある横瀬町は、民家の飼い犬がいなくなるなどちょうど熊の出没騒ぎがあったようでこどもたちのおかげで助かりました!

 紅葉も期待したのですが、武甲山の登山道はスギ・ヒノキの人工林でほとんどなく、頂上付近に少しあるだけでした。知り合いにこの話をしたら、上名栗の名郷から登って妻坂峠から見れば、きれいな紅葉があるといってました。それにしても武甲山はセンメント、そして林業と人間生活によく貢献する山なのですね。


 山は、たくさんの人が登っていましたが、目に付いたのはおじさん、おばさんのグループといまはやりの山ガールの2人連れ、そして若いカップルでした。私たちのような家族連れはあまり見かけませんでした。

 登山は、家族連れにはハードルが高いのかしら?

 昨年の天覧山につづき、2回目の家族登山。これからは月に一度くらいは登りたいな。

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 アオちゃん、お昼寝中です。



秋の一日 ストーブの薪上げ



 空気が澄んで気持ちのいい秋の一日、こどもたちに手伝ってもらってストーブ用の薪を2階まで上げました。

 11月に入って、朝晩冷え込んできたので我家も薪ストーブにご活躍願うことになりました。我家は、キッチン、居間などが2階にあり薪ストーブも2階に設置されています。そのため、薪はベランダに一時的においておくことになります。

 父が、2階からロープの付いたバケツを降ろし、こどもたちがワッセワッセと詰め込んでくれます。それを引き上げてベランダに下ろし、またバケツを降ろすということを繰り返します。

 こどもたちの冬のお手伝いはこれです。こどもたちにも生活の中でなにか役割を持ってもらうことはいいことですね。労働で参加する。これ重要です。

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 ベランダは、家具作りでできた端材や材木やさんでもらった木などでいっぱいになりました。このくらいの量でも1ヶ月はもちません。

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 夜は、お母さん床屋でこどもたちの髪を刈りました。パナソニックのスキカルという電気バリカンを買ったのですが、切った髪の毛を吸い込んでくれるのでとても切りやすいし、後始末が楽だとかみさんが言ってました。8千円ほどの出費ですが、アオちゃんが小学校卒業するくらいまで使えれば十分、元がとれそうですね。


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プロフィール

木工房 春のはな          代表 西尾 正哉 http:/harunohana.net/index

Author:木工房 春のはな          代表 西尾 正哉 http:/harunohana.net/index
埼玉県飯能市の名栗地域で家具職人をしています。

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