東京都と隣接する名栗村(現在は飯能市)。都会に近いほどほどの田舎に住む家具職人が見て、感じた生活、仕事ぶりを伝えます。

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2012年 謹賀新年 今年もよろしく

2012年 出初式
遅ればせながら、新年おめでとうございます。
 今年は昨年末から忙しく、年賀状もあまり出せていません。旧友や以前の勤め先の上司などから頂いたのですが返事もだせておらず、心苦しく思っています。時間ができたらゆっくり手紙を書いて、近況をお知らせしようと考えています。
 忙しい毎日ですが1月8日には、飯能市消防団の出初式に出席しました。はしごに登って曲芸をするわけではないのですが、消防団の1年の最初の行事で、整列、行進などおこない、消防事務組合管理者(飯能市長)などの観閲なども受けました。
 消防団には、昨年4月に近くに住む子育ての仲間から誘われて入団しましたが、地域に住む若い友人増えてとてもよかったと思っています。一緒に入団した T君はお寺の跡取りの24歳の青年です。ちょうど私の半分の歳ですが、水出し訓練や飲み会などで楽しくやっています。
 名栗は、第11分団でその中も3部に分かれており、団員数55人の大所帯です。飯能市の消防団の中でも最大です。名栗の青壮年がボランティアで参加しており、人口が少なくなっていく過疎の山村では一大勢力です。
 さてこの第11分団、歴史は古く、地域住民の熱意の高さは伝統となっています。『名栗の歴史(下)』によると、下名栗に近代的な消防組が作られたのは明治21年のことで141人で発足。明治30年には上名栗と合わせれば4百人を超え、これは飯能町の2倍にあたるほどの人員を組織したとあります。
 戦後は、名栗村消防団が昭和22年4月に発足し180人で構成されました。以前消防団に所属していた製材所Mさんによると、名栗村のときは150人くらいいたそうです。
 どうして、こんなにいたのか?「名栗のような山林地帯では、林野火災は大きな災害となることが多い」(前掲書57ページ)ことがあげられます。また、いわゆるプロの消防署、名栗分署ができたのは平成12年(2000年)4月で、それまでは自分たちの火事は自分たちで消すしかなかったという冷厳な事実があるからでしょう。
 消防に対する高い意識は現在でも、消防団に受け継がれています。その訓練は厳しいですが同時に楽しいものです。普段は別の仕事をもち、違う場所に通っていても、たまの日曜日に訓練になると、地域の仲間と一緒に汗を流すのは爽快です。
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木工房 春のはな          代表 西尾 正哉 http:/harunohana.net/index

Author:木工房 春のはな          代表 西尾 正哉 http:/harunohana.net/index
埼玉県飯能市の名栗地域で家具職人をしています。

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